ブルジョワジー・プロレタリアート

本日、しまじろうと駿台予備校が協力して作った模試を解く会があり、強制参加させられました。進研ゼミはちょろいですが駿台は難しいと定評があるので、両者を足して2で割って河合のちょい上くらいの難易度であると予想しましたが、差し当たり進:駿=9:1くらいで、圧倒的に進研模試を解いている気分でした。往く問題来る問題がしまじろうに席巻され、まるで列強諸国による中国分割のように、駿台予備校の面影は余すことなくしまじろうに飲み込まれていったのであります。

 

国語 …155点

国語で7.5割は願っても無い数字です。私は毎回の模試で、古文と漢文のどちらかが良くどちらかが悪いという謎lemmaに陥りますが、今回は古文が悪かったです。現文は、センター試験過去問を解いて判明した相関として「恋愛小説に強い」という部分が挙げられます。男女が空想的な恋に落ちる微妙で繊細なfeelingを解する能力に長けているとは、何とも実のない現実からの逃避であるように思われますが、これが古文に活かせないのが悔やみ所であります。そもそも古文のstoryは8割がた恋愛物で、現代の恋愛小説より愛憎に満ち、しょっちゅう歌を詠み感動してすぐ泣くなどと、感受性が豊かなaristocratsの遊戯に他なりません。考えれば当然で、同じ日本人とはいえ約千年前の上流階級共の戯けた恋愛事など農民にしてみればこよなくどうでもいいことだったはずです。私の先祖は毛利氏の家臣らしく、もっと遡れば何か分かるでしょうが、多分農民です。きっと重税に苦しみ、浮浪・逃亡を行い、偽籍をし、一揆を起こしては鎮圧されていたのでしょう。そのような米を育てることしかやることの無い農民に、色恋沙汰などあったでしょうか、ほぼ無いでしょう。そんな無駄な時間を過ごす暇があったら田んぼの手入れをした方が有意義だと思ったはずです。そうやって一生懸命働いても、年貢が収められなければ、妻子の耳そぎ鼻そぎ好き放題させられ、読み書きもままならない状態でカタカナだけの訴状を頑張って書き、国司に提出したりするのです。また、下流階級ながら汗水たらして働いているのに、郡司が都から悪友を大勢引き連れて帰り、そこらをふんぞり返って歩いて好き放題指図されるのですから、これもまた訴状を書いて主君の暴政を訴え、平穏を取り戻すしかなかったでしょう。このように、中流層の非行を下流層が上流層に訴えて罰してもらうという図式は、まるでスクールカーストの下位が上位に虐められて先生に言いつけるのと、なんと似ていることでしょうか。いつの時代もいかなる組織にもヒエラルキーが存在し、最高権力者がその権威を以てして内部の諍いを鎮め、治安を維持していくのが組織運営のセオリーであるようです。全人口の半数以上を占める農民ですが、言い換えればそれだけ仲間が多く、困ったことが起きても団結して立ち向かえる。揉め事が起きても対策してくれる統治機構がある。我々は米を育てて納めればいいだけ。これ以上何を望むことがありましょうか。そう、生きているだけで幸せなことなのです。

 

数学Ⅰ・A…72点 

クソでした。

 

数学Ⅱ・B…93点

神でした。

 

化学…74点

クソでした。

 

物理─91点

神でした。

 

英語R…79点

虫ケラでした。

 

英語L…71点

ミジンコでした。

 

日本史B…79点

日本史選択者なら誰でも一度は思ったことがあるでしょう、「平安貴族すごい楽説」をここに提唱し、検証に移りたいと思います。

 まず昨今の日本における労働形態ですが、日本は戦後すぐアメリカの資本主義陣営に組み込まれ、資本を有する企業が労働者を雇い生産活動を行う、所謂capitalismが展開されました。正確には明治初期の士農工商を廃した時期かららしいですが、個人の自由な生産活動が全体に利益をもたらすという考えは一貫しており、レーニンマルクスといった社会主義共産主義を支持する思想とは相反する国家運営の仕組みを整えていきました。筆者は資本主義側の立ち位置にあり、共産主義など愚の骨頂だと見なしております。聞こえは良さそうですが、政府が国民の雇用や生活の全てを管理して一切の格差を是正し、全員が平等に暮らす社会の構築には限界があります。まず、国家運営がなされている時点ですでに支配者と被支配者がおり、もう平等ではありません。さらに、利潤の全てが一度政府に回収されるのですから、それを再分配した所で納得いくはずもなく、すぐに政府のポケットマネーに蓄えられているという疑惑が生じ、何が平等だ、何が共産主義だと各地で不満が高まるわけです。そうなると国家運営は厳しくなるので、政府は規制を強化します。すると国民を黙らせたのをいいことに政府はさらに金を巻き上げて私腹を肥やし、支配力はさらに強大になります。そして各地で反乱が勃発し、武力でねじ伏せにかかります。中枢が無能だと、やれ鉄作れだの、やれ雀殺せだのとわけのわからないことを言い出し、結果大量に餓死者が出て1億人近く死ぬことになるのです。このように中華人民共和国の歴史は非常に凄惨たるものあり、元凶のマオツォートンは反省してないし、国民は損害だけを被ることになるのです。つまり、共産主義はクソです。そんなクソ理論に20世紀は多くの国が惑わされたのですから、人類もたかが知れてるわと地球外生命体からそう思われても仕方ありません。

 遡ること約400年、豊臣秀吉の治世における兵農分離により、武士と農民はその身分をスッパリと分けられ、既在の商工業者を合わせた新たな身分秩序が発足しましたが、まだこれは普通です。「質素倹約」なるものも度々出され、まさにこれこそが江戸時代を形容するmottoのひとつとなるでしょう。そこからさらに600年溯ると、時は平安、まさに議題に登っている時代の話です。平安時代と聞けば何が思い浮かぶでしょうか。まず、千年以上持続した事実上の日本首都、平安京。泣くよウグイスで有名なこの都は、中国の長安城を模して造られたもので、1869年に首都が東京に移るまで日本の形式的な中心としての役割を担ってきました。また、万葉集古今和歌集に代表されるように、空前の和歌ブームが巻き起こったのもこの時代です。もはや平安=和歌と言っても差し支えないでしょう。春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。紫式部清少納言小野小町。誰もが一度は耳にしたことのある有名な歌人もこの時代の人達です。衣冠束帯、十二単寝殿造、最盛期を迎えた国風文化。平安時代とはなんとも華やかな時代だと想像されます。歴史に多少の偽りあれども、大方は真実を語っているであろう六国史、歴史物語、地方文献。しかし、類推される華美な風潮はあくまで平安貴族に対するものであり、大多数の農民は含まれていないことが肝心です。上に挙げたものは全て平安貴族から連想されるものであり、農民は一切関わっていないことがわかります。つまり、平安時代とは自己中時代であり、貴族の自己中心的な振る舞いがそのまま歴史に反映され、農民など入り込む余地もない、完璧なる貴族中心時代があったということです。農民は米を作る役目であり、貴族は歌を詠むのが役目というのですから、勘違いも甚だしいでしょう。確かに、宮中での雑務はあったでしょうが、それも午前中だけで、午後からはしょっちゅうパーティーやってたらしいので、その怠惰具合がよく分かります。平安京は正にパーティーピーポーの集まりであり、仕事をほぼ農民に丸投げし、その金で遊び呆けていたという、まるで「賭博黙示録カイジ」に出てくるようなクズばかりだったのでしょうが、それが社会的に保証されていたというのも当時の国家体制の怖いところです。勉強仕事ろくにせず遊び呆ければ当然借金を負い、シャバから堕ちてさらに深く堕ちて行きます。その堕ちた先に何があるのかというと、もちろん希望の船「エスポワール」であります。そこでジャンケンをやって勝ったり負けたりなんだりし、そこで負ければさらに堕ちて行きます。堕ちた先には、もちろん「スターサイドホテル」があります。そこで鉄骨を渡ったりなんだりし、そこで負ければ普通に落ちて死にます。とまあ人生いろいろで何が正しいのかは分かりません。これが現代社会で怠けた者が迎える必然的な結果ですが、平安時代だとそうはいきません。貴族だから、農民ではないから、働かず遊び呆けて、社会的にもそれが認められている。こんな神な特権がありましょうか。「あーあ、平安貴族になりてーなー」と誰もが一度は思ったことがあるでしょうが、それをするには一度第三次世界大戦を勃発させて核兵器で文明を崩壊させ、原始からやり直す必要があるでしょう。平安貴族になりたいがために第三次世界大戦を起こすような不届き者は、そのような特権階級につく資格はありませんが、そうなりたいと思うことは至って自然です。平安貴族はまさに神。ノブレスオブリージュなんのその。平安貴族こそが平安時代の全てであり、平安時代こそは貴族と共にあったのです。

 

合計点…714点

平城京遷都から4年が経ち、奈良時代が始まっております。もちろん目指すは平安時代。平均88点要りますが、中国の超難関試験「科挙」だと思えば安いもんです。日本では「蔭位の制」という裏口入学チート不正カンニング賄賂行為が横行しましたが、まあ現代の「指定校推薦」と大差ないでしょう。