ひきこもりの大学生

医学部に行ってます。

生きること

まずはこの動画を見て下さい。

https://youtu.be/gRJHah_cu1E

 

 2chを作った実業家で中央大卒のひろゆき氏による人生哲学であります。私はまだ経験したことがないのですが、昨今では人生に意味が感じられなくなり虚無感に浸ってしまう若年者が多く、希薄な人生だと嘆いているのだそうです。それゆえ若年者の死因トップが自殺なのであり、浅慮で無分別な思考の結果人生を放棄し、安易に死を選ぶことになったのでしょう。今後およそ60年に近い人生があるというのに、生きる選択を放棄した彼らの選択は早計の最たるものと言えます。浅慮で無分別であるが故の自殺であり、彼らは己の視野が偏狭であることを認識することもなく独りで死んだのであります。特に日本の大学生や20代の若者に多い事案ですが、彼らは人生をナメているとしか言えません。人生というゲームで行く先怪しくなったから早々に離脱したのであり、もはや友達とかくれんぼをしていて、見つからなければ途中で帰るようなもんです。そんなので毎年若者がわんさか死んでるのですから、果たして日本とはそんなに生きづらい国なのか、はたまたこれらが日本のゆとり教育が生み出した弊害であるのかは謎であります。彼らに共通して当てはまるのが、生きる意味の喪失であります。たまに自分は幸せになるために生まれてきたとか勘違いしている輩がいますが、それは自由意志による行為ではなく他によってもたらされた結果に過ぎませんから、それを自分が望んで得たもののようにこじつけるのは甚だ遺憾なことであります。自分が望んでいようがいまいが、生というものは無意識のうちに与えられたものですから、それを幸せになるための手段として利用しようなどというのは傲慢であります。人生は生きるためにあるのであり、理由など必要ありません。なので生きる理由が無くなったから死ぬなどとは愚の骨頂であります。つまり、世の中に生きがいを見出そうとする行為そのものが不毛なのであります。生きる意味を探そうとしても無駄であります。はっきりさせておく必要があるのが、人生について哲学的に考える上で生きるという行為が、何事にも先行しない結果論として扱われなければならないことです。生きていることが結果ですから、その原因について拘ること、過去にいつまでも囚われることがいかに不毛であるがが分かるでしょう。逆に生きているから様々にできることがあるのであって、そういった思考をするのが自殺を防止する秘訣であります。ひろゆき氏は人生が楽しくない人に限って生きがいを探すと言っていますが、それこそ真理であります。人生が楽しくないから楽しくなる努力をするのは結構。ですが、それを頼りに人生を渡りきろうなどというのは誤りです。