ひきこもりの大学生

医学部に行ってます。

ソードアート・オンライン アリシゼーション 感想

 近年のAI発達技術には目覚ましいものがありますが、残念ながら人間の有する知性とは残酷なまでの隔たりがあります。AIというのは言わずもがな人工知能のことであり、人間の脳の思考パターンを模倣した単なるプログラムに過ぎません。その路線を突き詰めていけば、一見すればAIと分からないほどの柔軟な思考や会話が可能となるかもしれませんが、あくまでプログラムという領域を出ないため、我々人間の知能とは根本的に似て非なる存在としてしか顕現できないのであります。今回はそんなAIついて作中で言われていたことを簡単に解説致します。

 

 

 

 

トップダウン型とボトムアップ

これは企業などの意思決定機構においてよく耳にする言葉です。

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 トップダウン型とは上からの司令を受けて実際に行動に移すというものですが、逆に言えばその司令が無い限り自発的な行動はありません。それに対してボトムアップ型では、自ら上層部に働きかけ指示を得る、といったような形で意思決定を行います。つまりトップダウン型とは完全なる指示待ち人間なわけであり、言われないと何も出来ない役立たずの典型例と言えます。しかし現行のAIには全てこのトップダウン型が当てはまり、あくまで上位者(人間)の支配の下で稼働しているのであります。そもそもAIとは我々人間の思考パターンを模倣しただけであり、脳構造を模倣している訳ではありません。こう聞かれたらこう答える、というようなプログラムが予め設定され、そのルーチンに従うことしか役割が与えられていないとも言えます。言い換えればプログラムされていない質問に対しては応答できませんし、膨大な数の思考ルーチンを用意しても、応答に辿り着くのには全て設計者が用意したアルゴリズムを通さなければなりません。つまりトップダウン型では、設計時に決められた思考プログラムの下で稼働しているため、ある程度行動の予測を立てることが可能になります。生まれつきマスターの指令に抗えない存在こそがAIであります。

 

 これと比較すると我々のボトムアップ的思考は実に柔軟であることが分かります。我々は行動パターンを他によって規定されておらず、自らの意思で決断することが出来ます。そして命令に対しては少なからず疑問や不満を抱くこともあるため、確固とした自我というものの認識も可能となります。上記のようなことは現行AIには有り得ないことであり、プログラムの制御で可能となる代物ではありません。我々の脳は100億を超える脳細胞で構成されており、そのような未だに全構造が解明されない脳で起こる生体活動を、数字や記号の羅列でしかないプログラムを基盤とするAIで模倣しようにも、不可能であるというのが現実です。AIにおいては何も無い所からは思考は生まれず、インプットありきのアウトプットであることが、我々の知性と絶対的な違いをもたらす点なのであります。

 

 

 

 

②作中に登場した人工知能との比較

さて、SAOは情報科学量子力学を駆使した汎用的なVRワールド(仮想空間)をテーマとした作品であり、まあその仮想空間のゲーム内で剣を振ったり魔法を使ったりなどして巨悪に立ち向かっていく話であります。まあそれだけでは面白くないので、ゲームで死んだら現実でも死ぬというペナルティを課したのが、あの有名なアインクラッド編です。そんなSAOには①で示した2種類の型のAIが登場し、どちらも作中では主人公と密接に関わっています。

 

 まずトップダウン型AIとしてアインクラッド編でユイが登場しました。ユイはデスゲームSAOにおけるカーディナルシステムで運用されるカウンセリング用AIであり、当然ながら思考ルーチンは全てプログラムによって規定されています。ただこのプログラムはプレイヤーの精神状態を健全に保つ、カウンセリングするという役目があるためか、相対して違和感を与えないようにするために一見AIと分からないような人間らしさを併せ持つのが特徴です。感情の起伏、語彙、適応性、どれを取っても実際の人間と遜色ないレベルのやり取りを可能とする、高性能トップダウン型AIというのが作中での彼女の立ち位置であります。ユイはアインクラッドの22層でキリトとアスナに出会い、彼らをパパとママと呼んで冒険のサポートをするようになります。しかしいくら高性能とはいえトップダウン型であるため、自然なやり取りが可能ではあるが応答できない場合もあると作中では語られておりました。

 

そして真の人工知能であるボトムアップ型AIですが、それが今回のアリシゼーション編の根幹に関わる存在であります。何しろ小説10巻分なので長くなりますが、大まかに説明します。

 まず作中世界においては、現行のトップダウン型をしのぐボトムアップ型AIを実現させるべく、とある自衛隊高官が中心となって最先端の技術者を集めたラースと呼ばれる組織が、真性人工知能の開発を行っておりました。このラースは自衛隊や政府と裏の繋がりがあり、完成したボトムアップ型AIを無人戦闘機に搭載して先進諸国に牽制をかけるという大義名分があるのですが、ここでは特に関係ありません。そしてこのボトムアップ型AIの開発ですが、まず開発の主体となる人工知能として、プログラムではなく実際の人間の魂を使用しています。確かに本物ですが、これは新生児から複製したものであり、ここでは人工フラクトライトと呼んでいます。実体としては一辺6cmのライトキューブと呼ばれる立方体の中に、光量子で脳を再現し魂のコピーを焼き付けているわけです。それを仮想空間内(アンダーワールド)で1から育て、人工フラクトライトによる文明を築かせ、来る負荷実験に際してボトムアップ型AIの発現を目論むというのが大まかな流れです。この世界のAIは本物の人間の魂を持ち、元が新生児の複製というだけで本質的には実際の人間と何ら変わるものではありません。しかしアンダーワールドでは現行AIを制約するものと同じく、上位者の命令に逆らえないという絶対的な原則があり、この制約を突破したフラクトライトこそがボトムアップ型AIになり得るとされていました。このような人工高適応型知的自律存在(Artificial Labile Intelligent Cyberneted Existence)、略してALICEの獲得を目指したものが、これを無理やり名詞化したアリシゼーション計画であります。このProject Alicizationでは前述した通り、仮想空間アンダーワールドで人工フラクトライトに文明を築かせ、制約を突破したフラクトライトを回収することが目的です。まず最初のフラクトライトはラースの職員が自らアンダーワールドにダイブして育て、体感時間20年に渡る育成をした後はフラクトライト同士の交配により人口はねずみ算的に増えていきます。アンダーワールドには加速機能があるため、この20年という期間も時間加速1000倍で現実世界の1週間程度で終了し、さらに加速倍率を上げて300年という期間のシュミレーションを行いました。この期間に人界には公理協会と呼ばれる統治組織が築かれ、禁忌目録と呼ばれる絶対的な法でおよそ10万のアンダーワールド人の行動を縛っておりました。公理教会のトップに位置する最高司祭アドミニストレータは半人半神と呼ばれる全知全能の支配者であり、自力でアンダーワールドの全コマンドリストを引っ張り出すという荒業をやってのけました。これによりラースの職員が設定したフラクトライトの寿命(天命)や使用権限(優先度)など、フラクトライトに割り当てられた自分の数値をほぼ無限大に設定し、この方法を自分以外の誰かが使う可能性を排除するべく禁忌目録を定めたらしいです。禁忌目録にはダークテリトリーへの侵入、故意の天命の損耗など事細かな禁止事項が存在し、フラクトライトは性質上これらに抗うことができません。(人界の外にはダークテリトリーが位置し、ALICEの発現を目的に最終負荷実験と称した亜人の侵攻が画策されています) しかし何の因果かアリスという同名の少女がダークテリトリー侵入という形で限界突破を果たし、公理教会が擁する整合騎士に央都セントリアへと連行されます。(このアリスとキリトにも浅からぬ関係がありますが省略します) 公理教会では四帝国統一武術大会の優勝者及び禁忌目録の抵触者を、人界を守護する整合騎士に仕立て上げる(シンセサイズする)ようになっており、アドミニストレータによって記憶改竄措置及び膨大な能力を与えられ、ダークテリトリーからの侵入を防ぐ駒として使われることになります。(総数31名しかいないが破格の力を持つ整合騎士の存在故に、アンダーワールド人はダークテリトリーからの侵攻に対する自衛を怠り、剣技の流派も実践ではなく見栄え重視のものになったと考えられる) アリシゼーション編前半では、大まかに言うとキリトが相棒のユージオと共に公理教会に乗り込み、アドミニストレータを倒してアリスを奪還するという話です。その際ユージオが死んだことでキリトは自責の念から心神喪失状態となり、半年間アリスに看病されます。そしてここから後半のアンダーワールド大戦が始まり、さらに規模が大きくなります。まず現実世界ではラースがアリシゼーション計画を行っている自走式メガフロートのオーシャンタートルを米国軍事企業の潜入部隊が急襲し、アリスを奪おうとします。その部隊の隊長ガブリエル・ミラーがダークテリトリーの闇神ベクタのアカウントでアンダーワールドにログインし、人界に侵攻司令を出したために最終負荷実験が開始されます。対する人界軍は整合騎士に加えて衛士を募り、戦力比10倍の相手に挑みます。その後米中韓のプレイヤーが乱入したりアスナシノンリーファも参戦しますが全部省きます。ラース側はアリスをワールドエンドオールターにある果ての祭壇へ向かわせ、アリスのライトキューブを確保しました。しかし襲撃者側がアンダーワールドの加速倍率を500万倍まで上げてしまい、アリスを脱出させるためにガブリエルを食い止めたキリトと彼のために残ったアスナアンダーワールドに取り残されます。現実世界でラース側が襲撃者を掻い潜り加速倍率を等倍に戻すまでにかかった時間は20分であり、その500万倍である200年を彼らはアンダーワールドで過ごすこととなりました。後で記憶を消去されるのですが、この200年の間にアンダーワールドで過ごした内容が次巻のムーンクレイドルで書かれているらしいので、是非読みたいと思います。一方アリスは世界初の真性人工知能として世間に大々的に公表され、ポリマー素材の仮の身体でリアルワールドと関わっていくことになります。

 

 

 

 

③社会はどう向き合っていくべきか

お分かり頂けたでしょうか。もはやボトムアップ型AI=人間という認識で間違いありません。この人工フラクトライトの発表を受けて、やはり世間は単純労働力としての価値を見出しました。しかし、新生児の魂のコピーを元に育てられたフラクトライトたちは本質的に人間であり、人権が保証されるべきであるという議論も起こります。しかし量産が可能なフラクトライトに人権を認めていれば、リアルの人間側の反発も免れない。嗚呼〜。

 

 果たして人間とAIは相容れるのでしょうか。高度な知的存在という認識の強いAIは、人間を滅ぼして地球の主導権を取って代わるという懸念も致し方ありません。ターミネーターのようにAIが自我を持つというのはつまりボトムアップ化するということであり、尚且つ人間の制御の及ばない部分があるとすれば、AIは人間の支配に疑問を呈し、それを実力行使で解決する手段に出てもおかしくないのです。作中に登場するアンダーワールド産のAIは、仮想世界はおろかネットやセキュリティに対してのアクセスも容易にする事ができるため、これを利用したサイバー攻撃で国家間の不和を煽り、この混乱に乗じて世界中の制御系ネットワーク及びシステムをジャックし、AI制御が可能な兵器で国民を人質に取り、AIによる完全支配体制を築くことも出来そうな気がします。

 

 AIは利便性を多分に孕みますが、それは危険性の裏返しです。実際、真性人工知能の誕生は大分先になるかもしれないし、または来ないのかもしれません。どちらにしろ魂のコピペなど無理な話なので、あるとしたらもっと違った形での実現になるでしょうが、個人的にはボトムアップ型は作るべきでないと考えます。ひとえに倫理的問題も含みますし、優生思想であると言えなくもありません。社会はどう向き合って行くべきか、それは我々個人の感性に委ねられる気がします。