ひきこもりの大学生

医学部に行ってます。

ソードアート・オンライン マザーズロザリオ 感想

 QOL(Quality Of Life)について考えたことがありますでしょうか。終末期医療においては人生の質/QOLを高めるために延命治療を意図的に行わない試みがあり、患者が残された時間をいかに有意義に過ごせるかに主眼を置いているわけであります。人生というのはどれだけ長く生きたかではなく、いかに充実していたかがその幸福度を決めるファクターとなります。ターミナルケアの患者が通常の生活にその身を晒し寿命を縮めるよりは、意識さえあれば痛みや苦しみを感じず思いのままに動ける仮想世界で最期の時を過ごす方が良いですし、そのために医療用VR機器メディキュボイドが開発されたのであります。本作の登場人物は幼少の頃からAIDS(Acquired Immunodeficiency Syndrome)を患い、歳を経た後に潜伏していた症状が現れます。ここで日和見感染のリスクを下げるべく、外部ウイルスの遮断された医療施設の無菌室にてメディキュボイドを使用し、現実の世界でやり残した分を仮想世界にて過ごすことで、QOLの確保に成功したわけです。現実世界と仮想世界の違いは情報量の多寡だけであり、その意味ではメディキュボイドを通した方が現実よりも理想に近い人生を送ることが可能となります。さらにこの情報量の差もVR関連技術の発達により縮まると予測されており、将来的には現実世界と遜色ないVRワールドの実現が期待されます。こうなれば終末期医療患者はともかく、骨折で動けない人、果ては引きこもりやニートなんかが現実逃避すべくアミュスフィアを被り、それを大義名分と言わんばかりに擬似的な人生を歩んでいってしまいそうであります。しかしVR空間で飯を食って脳内で擬似的な満腹感を得ても現実の体は一切満たされませんから、VR空間がどれだけ現実に近づこうとも、人間という生物が抱える根本的な問題を解決するには至らないのであります。先に紹介した本作の登場人物は、3年間に及ぶメディキュボイド内での闘病の末若くして亡くなりますが、これもまた本作でVR関連技術の開発により量子力学の核心に迫っても、感染症対策を講じる上では何ら役に立つものではないという無力感を醸し出していることが分かります。いや、それも細菌やウイルスというミクロな世界まで再現できる場合であればこの限りではないかもしれませんが。その場合情報量がとんでもないことになるので、もはやVRサーバー本体の容量的に地球上だけでは足らなくなるかもしれません。

 

  次回はアリシゼーション編ですが、これが小説10巻もあって超長いので、しばらくかかると思います。年内には読み終わりたいです。