ステチルの大学生

医学部に行ってます。

テニスは仏スポーツ

 先日入る部活(サークル)を決めたわけですが、まあこれが私が6年間もズルズルと続けてきた球技であります。その名も、軟式庭球であります。この機会に、私が軟式庭球と共に歩んだ軌跡を振り返ります。

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 まず中学校の時ですが、まあ部員の数がとんでもなく多く、同じ学年で確か25人はいました。これだけいると、やる気ある奴とない奴に早くも二極化するものです。筆者は当然後者であり、同じenjoy勢と日々取り留めのない戯れに興じておりました。平日など真面目に部活をした記憶がありません。なのでテニスはほとんど上達せず、部活はただ友達とくちゃべるだけの時間と化しました。いや、これが本来あるべき姿であります。顧問は短気なのでよく走らされ、持久力だけは何故かつきました。これが高校になるともうガチ勢の巣窟であります。多分部活の中で一番やる気が無いのが私でした。やる気がなくて実力も無いではいよいよ部内での存在意義が希薄になるため、勉強だけは良い成績を取っとくことで何とか人権を保とうとしました(全く部活に関係ないけど)。しかし、自分で言うのも何ですが私は結構勤勉な方でしたので、部活を休むという行為はほとんどしませんでした。今思えば塾があると嘘ついて余裕でサボれたとも思います。その時間に勉強すれば部活やらずに成績が上がるという、一石二鳥ができたはずです。なのでやりたくもない部活に毎日長い時間拘束されるのは不本意でしたが、それが私の無駄に勤勉な性格とぶつかり合い、ジレンマに陥っていました。油断怠慢、即ち怠惰。ここで逃げてしまえば自分はその程度だと認めることになると勝手に思い、辞める選択肢は考えませんでした。そしてある日、急に悟りを開いて帰宅部に転向しました。天啓は唐突に舞い降りてくるものです。その天啓があったから、今の私があるわけです。部活を辞めようとする気持ちと張り合う意味の無い言い訳の正体、落ち着いて考えれば分かる帰宅部の合理性。部活を辞めるのに足りなかった勇気、その足りないパズルのピースが遂に埋まり、私は見事執念という名の泥沼から這い出てきたわけであります。ここで一つ正しておくと、泥沼が指すのはテニスという競技ではなく、高校生という限られた時間を部活という娯楽性も生産性もない営みに費やし続ける愚かさであります。だからその泥沼に今更戻るというのは間違いで、テニスという競技に難癖をつけるつもりはさらさらないのであります。

 土曜だけとはいえ朝から晩まであるし、2年からは週4です。勉強との兼ね合いを見誤れば普通に留年しそうで怖いです。しかし、卒業後の研修期間で鬱になりにくいのは体育会系の医師と聞きますので、少しでもフィジカルを鍛えたいとも思うのです。テニスが神スポーツだとは決して言いませんし言いたくありません。でも部活大嫌いの私が何だかんだで続けようとしているので、私を葛藤という輪廻から救済してくれた仏スポーツとでも言っておきましょう。