ステチルの大学生

医学部に行ってます。

コロナ休暇

 この夏休みに引けを取らぬ長大な休業、いや課外も無いので、もはや夏休み以上と化した春休みでありますが、元はといえばあの安倍内閣が、たかだか千人程度の感染者で休校要請を発したことによるのであり、我々にとっては迷惑千万も自明であり、安直に春休みなどと呼ぶべきでしょうか、いやべきじゃないです。そもそも新型ウイルスが太陽の周りに見える自由電子の散乱光となんの関係があるのか疑問であります。また、そんなコロナが中国の武漢と根強い関係を持っているかどうかも謎のままです。

 唯一つ言えることは、これが人類の存亡を左右する要因となり、また我々が未曾有の脅威に晒されていることへの自覚が一層喚起されるべきでありましょうことです。かつてないほどに世界中を巻き込む勢いで猛威を振るうvirus・コロナでありますが、その原因や発生源を探り責任糾明するより、この恐暴なるvirusが引き起こし得る影響や懸念されるリスク等を挙げて今現在直面する課題と対峙するのも、人類存亡に欠かせない鍵の役割を担う必要不可欠な作業でありましょう。そうしてみると、われらの安倍内閣は至極真っ当な判断を下したことが分かると思います。もし安倍内閣が臨時休校という措置を取らなかったとして、その結果学生等を中心に感染者が蔓延すれば、安倍内閣の退陣はもはや明白なprocessとなります。そして然るべき判断ができる有能な政党が再び日本に君臨し、それらもまた世論の反発に遭い退いてゆくのです。そうして古き慣習及び観念は淘汰されてゆき、次世代に悪しき遺恨として根強く忘れられずに残るのであります。今回の決定はそのようなリスクを踏まえた上での、当然と言っても良い結果でありましょう。たとえ可能性が極低くても、自らの保身のために重ねて保険を掛けておきたいという私利私欲な性の発現の連鎖により日本の行政機関は今日まで稼働しているのであって、その根幹が失われれば、安部晋三のような正統派は完全に政界を追われ、代わりに彼のような常識人を批判し資本主義から共産主義への変革を掲げる、先日我々が遭遇した爺のような異端者が世を席巻し、日本に破滅をもたらすことになるのです。生憎民主主義国家の運営はそのような輩ではなく、世論が支持する政党によってなされます。しかし、そのような淘汰されるべき他人を批判することしか能がない輩も、少なからず今の日本を運営する国家に必要とされるということは、よもや我々の祖先が歩んだ歴史の変遷の生む逆説のironyであるとでも言いましょうか。

 安倍内閣の件は一件落着でありますが、問題はこの強敵にどう立ち向かうか策を講ずるところにあります。我々のenemyはかつてないほど数が多く、驚くべき早さで世に蔓延っております。それに対して我々は家に引き篭ることでしか対応できないのでしょうか。或いは開店前からスーパーやドラッグストアに並んでマスクを買い占め、生き恥を晒すことしかできないのでしょうか。このような右翼主義に洗脳された過去世の遺産とも言うべき、余命幾ばくも無い者達による自己防衛運動の結果は、力無きものは倒れ強者が生き残るという、まるで戦国時代を風靡した下克上の構図そのものであります。これは近代国家の目指したものではなく、日本国憲法やその他法律が示すことでもありません。つまるところ、日本は現在政治原理そのものが中心から腐敗してきており、それがナショナリズムに波及し、全世界に影響を来たすことが危惧されるということです。今に始まったことではありませんが、世論、特に現政治体制の風刺を猛烈に好む、懐古なイデオロギーに囚われた老害勢力は手強く、そのような者達が衆参議員の議席を多く占めるほど、元来あるべき政治体制への復帰は困難を極めます。

 話が逸れましたが、要は我々の無駄に長い春休みは然るべき判断の結果であり、不満の矛先を安倍内閣に向けるのは間違いだということです。我々の戦いはコロナに始まりコロナに終わるでしょう。それは休業の終了を意味するかもしれませんし、人類の終焉を意味するかもしれません。どちらにしろ、1ヶ月以上に及ぶこのコロナ休暇により、我々人類の戦いの火蓋は切って落とされました。